極端に無口だった子供が、ある日を境に堰を切ったみたいに喋りはじめ、最後にはまるで普通の人間になる。枯渇したダムのように。これは何で読んだ話だったろうか。自閉症か、或いはそれにまつわる疾患の症例だったと思うけれど、うまく思い出せない。『海辺のカフカ』を読んだ。自分がずっと書きたかったことの殆どが書いてあった。それを喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、複雑な気分だ。10代の頃に抱えていたことが、50代の作家の手で凡そ考えられる限り完璧に形にされている。少なくとも、14歳の時にこういった作品が世に出ていて、世界中で数多の人が読んでいたのだということを知れたのは良かったと思う。自分は6年ほど世界に遅れているということ。明日死んでも、語り残したことに関してはもうあまり不満はないということ。内容について語ることはできないし、しない。ただ、好きな作家に村上春樹の名を挙げることはあるかもしれないけれど、好きな作品に『海辺のカフカ』を挙げることはまずないだろう。できれば『海辺のカフカ』については誰にも話したくない。これ以上に話すこともありはしない。