海辺のカフカ』を読み終えた日には幾つかの出来事があった。その全てを書くことは難しいけれど、幾らかなら書けなくもない。一限の講義の間に『海辺のカフカ』を読み終えた。あんまり気分が良かったから、もう二限には出ずに自転車でどこかへ出かけようかと思った。だけど結局、どうしてだか、二限には出た。そこで教授がジョン・コルトレーンの『A Love Supreme』を聴かせてくれた。ジョン・コルトレーン。すぐに『海辺のカフカ』をめくり直し、そのページを見つけた。カフカ少年が森の中を彷徨うシーンだ。ジョン・コルトレーンカフカ少年が聴いているのは『My Favorite Things』だ。教授は言った。「村上春樹は熱心なジャズ愛好家だけれど、ジョン・コルトレーンについては何も書いていない。少し政治的なところがあるからね。僕は彼のそういう偏ったところが嫌いだ」。でも正直なところ、そんなことはどうだってよかった。家にはジャズがそれなりにあって、何度か聴いてみたけれどどれも合わなかった。ビル・エヴァンスの『Waltz For Debby』やソニー・ロリンズの『Saxophone Colossus』。入門に適していると言われている作品も聴いた。好きにはなれなかった。『A Love Supreme』はしっくりきた。音楽を聴いてあんな気分になったことはなかった。一つ一つの音が降り積もってきて、やがて瓶の中全体を埋めてしまうような感じ。家に帰って早速注文して、昨日の晩に届いた。それから丸々一昼夜、寝ても醒めてもずっと聞き続けて、ジャズが好きな人の気持ちがほんの少しだけ分かったような気がした。